ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

普通のことしか言ってない-1 「ほら、わかる?」(1)

「向井先生、いつ取るんですか?」
 電子カルテにログインすると、まず病院のポータルサイトが開く。そこには、入外の患者数や平均在院日数などの統計的な数字のほか、「病院からのお知らせ」と銘打って、かつては紙に印字されて医局の机に配布されていたいわゆる回覧の内容がリスト化されて表示されている。
 IDによって職種も管理されているので、長谷川の目に触れるのは医師が対象のものと、全職員向けのものだけだ。

 そして今、一番上の行に表示されているのは「夏季休暇の申請について」という一文だ。
 そこをクリックすれば内容に飛ぶし、一応は目を通したが、例年通りだから期待も失望もない。七月から九月までの間に五日間、業務に支障のない範囲できちんと消化するようにという、病院長名義で発令された業務連絡だ。
 だけど今年の長谷川には、例年通りじゃないことがひとつある。
 夏休み、ね・・・。

「あ? 何を?」
 とある病棟のスタッフステーションに向井の姿を見つけて、隣の席をキープした。そして、電子カルテを開くふりをしながら訊いてみた。さりげなくさりげなく、と内心でも繰り返しながら。
「何を、って夏休・・・あ、ダブって取るわけにはいかないから、ご予定を訊いておこうと思って。僕と先生、チームが一緒ですから、同時には休めないでしょう」
 説明っぽいなあ、と自分でも思う。でも本当のことだから、と長谷川は自分に言い聞かせる。・・・質問の裏に隠した本音には、取りあえず耳を塞いで。

「ああ、夏休み・・・そうだなあ、いつでもいいよ。別に予定無いし」
 本当にどうでも良さそうに向井は言う。視線もパソコンのディスプレイに固定したまま、右手はマウスをカタカタとタップさせながら。
 この仕草が、長谷川は好きだ。マウス自体を滑らすのではなく、こうやって向井はカーソルを動かす。作業スペースが限定されたスタッフステーションでは、ある意味必然的な動作ではあるし、こんなふうにするのはもちろん向井だけではない。けれど、向井がこの時立てる音は不思議と軽快で、長谷川の耳にひどく心地よい。それに、目にも。
 
 マウスを包んでいる向井の手を、何ということもなくじっと見てしまう。
 腕のいい外科医は手が美しい、というのはよく言われることだが、それは外科に限ったことじゃないと長谷川は思う。向井の指は長く、骨張っているのに優美だ。その指で、誰よりも確実に血管やリンパ腺を探り当て、端正な手のひらは誰よりも正確に機器を操る。
 ・・・それに、プライベートでも。

「予定、無いんですか? ご旅行とか・・・」
 思わずそう訊いたら、じろっと視線を巡らされた。そして一言、問い返される。
「誰と」
「いや、だから・・・ご家族と、とか」
「正気で言ってんのか?」
 今度は手まで止められてしまった。正直、怖い。慌てた挙げ句、更に失言を重ねて墓穴を掘った。そう気づいたのは、言ってしまったあとだった。
「じゃ友達とか・・・恋人、とか」

 精一杯小声で言ったつもりだったが、本当のことを言えば会話を打ち切りたくてそわそわした。やっぱりこういう場所で話すことじゃなかった。そう後悔したが、時既に遅し。
「えっ、向井先生、恋人いるんですか!」
 通りかかったナースがそう声を上げて、たちまち周囲の数人が寄ってきた。ちょうど師長が不在なのをいいことに、抑えてはいるがはしゃいだ声が忙しなく行き交う。
「そういう噂は前からあったけど、やっぱりそうなんですかー?」
「それで夏休みは彼女とご旅行?」
「うわー、いいなあ! 電話してご指示仰いじゃっていいですか、夜勤の時とかに」
 おいおいおい。と遮りたい衝動を長谷川はこらえる。向井先生が言ったの、聞いてなかったのか。予定は無いって言っただろ。それに前から噂があったってどういうことだ? 俺は聞いてない――って何苛ついてるんだ俺は?

 と、この時。
「恋人はいるよ」
 向井がごく普通の口調で言って、ナース達はてんでに口元をおさえた。
 きゃー、と囁き声での歓声が上がる。一方、長谷川は呆然と向井を見やった。なに言い出したんだ、この人は?
 ていうか、恋人? まさか実は、俺に内緒でどこかの女と――
「いるけど、相手の人も医療関係者だから。なかなか休みが合わないんで、一緒に旅行なんてのは当分無理かな」

 落ち着き払った向井の声。長谷川にはそれがひどくもどかしい。それは誰のことですかと、今すぐ問いただしたい衝動がこみあげる。もちろん押し殺したが。
 一方、ナースたちのテンションは上がるばかりだ。幸か不幸か――長谷川にとっては確実に不幸だが――師長が戻る気配はなく、他の医師の姿もない。何より、向井が珍しく自分のプライベートを口にしているという興奮で、質問は更にエスカレートしていく。
「どんな人なんですか? 向井先生、面食いっぽいから綺麗系? あーでも可愛い系もありそうですよね」
「医療関係者ってことは、同じドクターですか? それともナースだったりして?」
「まさかこの病院の誰かだったりします?」

 ほらその辺でストップ、ここでする話じゃないだろ。そう遮りたい衝動は頂点に達しようとしていた。が、そもそも夏休みの予定などというプライベート極まりない話を持ち出したのは自分だ。その負い目が、長谷川の出足をわずかにくじいた。
 その間に向井は、淡々とした口調で答える。普段なら絶対に黙殺しているに決まっているあんな問いに、ひとつひとつ。
「同じドクターで、専門も一緒。基本は綺麗、というか端正。でも可愛い。仕事は器用にこなすのに、恋愛となるとてんで不器用で自信なげで恐がり。なのに愛されたがり。な、長谷川。判るだろ?」
「はっ?」
 いきなり振られて、長谷川は飛び上がらんばかりに驚いた。黒縁メガネの奥の瞳が、悪戯げな光をたたえて長谷川を見つめている。そしてこう言っている、
 ――ほら、判るだろ?
 
 

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*お題配布元;【確かに恋だった】さま/エロくないセリフ5題/ありがとうございます♪ エロいことなんて、言ってないよ?で5話続く予定です。



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Date:2014/07/19
Trackback:0
Comment:4

Comment

* ありがとう

読んでいてすごく気持ちがいいです。
BLに有りがちな陵辱等々が苦手なので・・・・
心地よく読めるお話たち 和ませてくれます 
毎日楽しみにしています。
2014/07/19 【たんたん】 URL #ztCBFypQ [編集] 

* Re: たんたん様v

たんたん様、わあ~コメントありがとうございます・・・!
どうしましょう、感無量で指先がふるふるしてます(><)

BLは、むかーしちょこっとかじったくらいで、かなりの年月離れていたので、こんなのでいいのかな~どうなのかな~と実は思いつつ書いておりました。
陵辱か~、それは私も苦手ですので、これからも有りません。ご安心下さいませ(笑)
やっぱり愛ですよね! 何事も愛あってこそ! BLなら尚更です(`・ω・)

これからも溺愛らぶらぶ・時にヒリヒリ・そしてその後でもっと甘々、って感じで書き続けて参ります。
どうぞまた遊びにいらしてくださいませ!
お待ちしております♪
2014/07/19 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/07/19 【-】  # 

* Re: koさまv

(*^_^*)マーク恐縮です! 今回のシリーズも、結局いつもと変わりない感じになりそうです~(^^)ゞラブラブアマアマ。

そろそろマンネリ化してきた気がして、新風を入れたいところなんですが・・・この人たち、こういうのが板に付いてきてるみたいで。とほー。
話の展開上、司先生もまだ参入してくれそうもないので、この先に期待です。
って書くのは私か! うひゃー頑張ります!

そして長谷川先生は今回も乙女です(^^)
予定を訊いたところまでは、そうですね、頑張りましたね!
でもいじられて撃沈(大笑)
向井先生は、そりゃー楽しかったことでしょう。悪い奴だ~(にやにや)

医療関係って、でも職場結婚が多いですよね?
私の知る限り、ドクター同士っていうのは直接は知らないけど、ドクター&ナースの組み合わせは何組か。もしくは、検査技師さん&レントゲン技師さんとか、薬剤師さん同士とか。
仕事柄、というか忙しすぎたり不規則だったりする関係で、特にドクターやナースは近場で(←失言)ってことになっちゃうのかな~と思ったりして。

でも確かに、同業者だといろいろ複雑だろうな~。
尊敬っていうのは重要な要素ですね。
乙女・長谷川はその辺、きっちり抑えてきますよ。
明日も更新しますので、お楽しみに♪
2014/07/19 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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