ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

普通のことしか言ってない-3 「やさしくね」(2)

「嫌、だなんて――」
 言ってません、と言おうとした。だが言えなかった。ふ、と向井が、ひどく優しく微笑んだので。
「そんな気はしてたよ。多分やんわりと、でも回避されるだろうなって。・・・おまえ、こういうの苦手だもんな」
「先生・・・」

 困った。高飛車に出られれば逆ギレすることもできるのに、こう来られたらどうすればいいのか判らない。
 こみあげてくるのは、ひたすらな罪悪感。違うんです、と思わず口走る。
「ん?」

 新しいジョッキに口をつけようともせず、向井はテーブルに肘をついて話を聞く体勢を取ってくれる。
 居酒屋に満ちた喧噪、奥の個室から聞こえてくる馬鹿笑い、オーダーを通す店員の声と店員を呼ぶ客の声。今日はここにして良かったと、長谷川は心底思った。この猥雑な空気に紛らわせて、こんな台詞も口にできる。
「嬉しかったんです、僕は。本当です。今まではずっとホテルだったのに、初めて部屋に来ていいって言ってもらえて・・・今でもすごく嬉しいんです。でも、」
「いいよ」
 
 向井からの返事は、今度も簡潔だった。泡が消えかけているビールを、思い出したようにごくりと飲んでから、湿った声でこう続ける。
「すぐじゃなくていい。単に、選択肢のひとつを示されたと思ってりゃいいし、重けりゃ一旦忘れてもいいよ。・・・この程度でこれじゃ、合い鍵を渡す時が思いやられるけどな。それは当分先の話になるだろうし」
「合い鍵・・・っ!?」

 ちょっと待って下さい、と遮ろうとしたが、焼き鳥の串を鼻先に突きつけられて長谷川は口をつぐんだ。これは、「あーん」の変形なんだろうか? それとも単に、これでもくわえて黙ってろという指示?
 悩んでいる間にも、向井は催促するように串を突きつけてくる。仕方なく手を出して受け取ろうとしたら引っ込められて、手を引っ込めるとまた串が鼻先に来る。仕方なくくわえ取ると、向井は至極満足そうに頷いた。何なんだ、と長谷川は思う。何なんだこの人は。
 なのに、その向井が口にした言葉ときたら、こんなで。
 瞬間的に、長谷川は泣きそうになる。ムードぶち壊しな焼き鳥が口の中になかったら、多分泣いていた。そんな気がする。

「おまえが恐がりなことはよく知ってる。そのくせ甘えたがりだから、その間で行きつ戻りつしては一人でドツボにはまってるのもよーく知ってる」
 放置プレイってやつだよ、と言って、諸悪の根源・向井は笑う。屈託なげに。
「つまり俺としては、おまえの鼻先にニンジンをぶら下げて、あとは待ってりゃいいわけだよな? おまえが我慢できなくなって食いついてくるまで」
「・・・なんで」

 ようやく思いついて、串を手に取り、皿に置いた。でも涙は出なかった。代わりに言葉があふれ出る。あとからあとから、とめどもなく。
「なんでそんなに優しくするんですか。柄じゃないでしょう、先生ドSじゃなかったんですか? なんか、そんなふうにされると俺・・・」
「そう感激するな。要はアレと同じだよ」
 自分も焼き鳥にかぶりつきながら――間に挟まれた葱は抜かりなく割り箸で皿にこそげ落としつつ――、向井が言う。若干嫌な予感がしたが、一応訊き返してみた。
「アレ?」

「そう。最初は丹念にほぐしてやわらかくして、吸いついてくるようになってから指を増やして更にとろとろにして、それから奥のイイところを――」
「わー! あの、わっ、判りました・・・って言うのも不本意ですけど、でもえーと・・・あーもう、なんか台無しじゃないですか!」
 真っ赤になって長谷川が遮ると、向井はハハッと笑う。そしてなおも言う、
「コツは焦らないことと、うんと優しくすること。・・・身に覚えがあるだろ」
 もう返事なんかしてやるか。そんな勢いで、長谷川は焼き鳥にかぶりついた。その長谷川の前に置かれた取り皿に、向井の串に刺されていた葱が移される。慣れた仕草で。

 そして長谷川は、メニューで口元を隠して吐息を付く。ほんとに困った人だけど。優しいんだか単なるSなのか全然判らないけど。
 でも今はやっぱり、優しくされた気がする。
 心の奥の襞までくまなく撫でられた。そんな気がする。
 ・・・ものすごくやさしく。
 
 
 

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*お題配布元;【確かに恋だった】さま/エロくないセリフ5題/ありがとうございます♪ エロいことなんて、言ってないよ?で5話続く予定です。
 



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Date:2014/07/24
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2014/07/24 【-】  # 

* Re: koさまv

あ、今日は(^o^)マークだ♪ ありがとうございます♪♪

なんかねー、今回はやたら優しいんですよ、向井先生。どうしちゃったんでしょう。
暑いからアタマ茹だってるのかも(ひどい)

現に突然の合い鍵発言(笑)
私も書いてて、「えっ?」と思いましたよコレ・・・。
向井先生の中では、部屋に上げる=もう好きな時に来ていいから、って直結してるらしいです。普通、その間に何ステップかありますよね・・・。

ネギま、これもね! そうそう、ネギ嫌いなくせに何で頼むかなという(^o^)
鶏肉が食べたかったんでしょうか。鶏肉だけの串がなかったんでしょうか。ネギは僕がもらいます、と長谷川先生が力説(というかおねだり)したんでしょうか。作者的には最後の説が最も有力な気がします(笑)

向井先生、ほんと長谷川先生の傾向と対策を把握してますよね~。
向井先生の性格的には、いろいろもどかしかったりじれったかったりもすると思われますが、今回は優しい&溺愛モードなので。いつもこうじゃない気がしますけど(またしてもひどい)

今回はずっとこんな感じでらぶらぶ甘々です(^^;)ゞ
2014/07/24 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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