ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

馬鹿がする馬鹿な恋(1)

 ――こんなに誰かを愛しいと思ったのは初めてだった。正直、初恋だった。

* * *

 長谷川大貴。ローテを終えて臨床現場に出て、まだ1年目。
 宜しくお願いします、と柔らかな声で俺に挨拶をした。当面同じチームで動くことになるから宜しく頼む、と上級医に言われ、はいと返事はしたものの、俺が面倒を見るようなことはそれほどないだろうと直感した。そして、それは当たっていた。

 一言で言えば、器用。何でもひととおりはこなす。
 研修医上がりのペーペーなんて使い物にならないのが普通だが、こいつは勘も物覚えも良かった。
 一度教えれば次はちゃんとやるし、そうでなくても俺たちをよく見ていて、勉強もしてくる。だから、カンファレンスにもきちんとついてくる。
 疑問点は後で質問してくるが、丸投げで訊くのではなく、下調べなり仮説なりを携えてくる。それがピント外れであることも勿論あったが、問題はそこじゃない。
 俺が一番嫌いなのは努力しないバカだから、その点で長谷川に関してストレスを感じたことはなかった。

 それに長谷川は人当たりも良かった。誰に対しても穏やかな物腰で接するし、それでいて謙虚すぎなかった。どちらも、俺にはない資質だ。
 こいつなら即戦力になると俺は思い、現にそうなった。そして俺は、優秀な新人に当たった幸運を天に感謝した。

 ・・・天に感謝したのは、優秀な新人を回してくれたことに対して?
 ああ、最初は確かにそれだけだった。長谷川の真っ直ぐな眼差しも、砂地に水が吸い込まれるような理解力も、反論さえも俺には刺激的で心地よかった。
 かといって、際限なく相手のことを受け入れるかというとそうとも限らず、長谷川は時に、人が変わったように冷酷な顔を見せることがあった。それも本人の選択のうちですから、というのがそういう時の言い分で、こいつは根本的には他人に期待をしない奴なんだろうと思った。
 そんな長谷川が、俺に対してだけは何故かいつも素直な表情を向けてくる。何より、こいつとは常に会話が成立するし意思疎通もできる。要するに、話が通じる。

 話が通じる。それは、俺の最大級の賛辞だ。
 医師になる前からもそういう傾向はあった気がするが、勤務医になってからはますますそれが強くなった。

 いくら言葉を尽くしても、通じない奴には通じない。患者に対してはそれで済ませるわけにはいかないから、相手の理解を得られる言葉を探して、言い換えを重ねて説明もすれば問診もする。
 自分と同じ側――医療関係者に対してはそういう努力をしなくて済むかというと、必ずしもそうとは限らない。そしてそれは、相手は味方の筈なのにという思いがあるからこそ、多大なストレスへと結びつく。殊に、この病院のように何をするにも派閥が絡みついてくるところでは。

 だが、長谷川には話が通じる。その認識は、俺自身にも意外なくらいの安堵と安らぎをもたらした。
 今まで付き合ってきた――そして去っていった女たちのように、俺といると疲れると言ったりしない。いつも気が抜けないとか、試されてる気がするとか、上から目線が嫌だとか、冷たいとか、もっと優しい人と付き合うことにしたとか。そう言って、さも不当な扱いを受けたと言わんばかりの目で見たりしない。
 何故ならあいつは男だから。それに同業者だから。それ以前に、そういう付き合いじゃないから。単に同じ職場の先輩と後輩、それだけの関係だから。
 ・・・同じ男同士で、そういう関係にはなり得ないから。

 当たり前のその事実が重荷と化したのは、いつ頃からだっただろう。
 長谷川は誰にでも優しく対応するから、直接担当していない患者にも人気がある。特に入院患者は退屈しているし、自分の訴えを聞いて欲しいという飢餓感があるから、長谷川が訪室するとあちこちで呼び止める声がかかる。
 特に女性患者には人気があった。愚にもつかない、そして同じ処を際限なくループする話を、にこにこしながら聞いていたりする。
 そんなあいつを目にすると、妙に苛立つようになったのは――いつ頃からだっただろう?

 その辺りの線引きが俺にはできない。だから、のちに長谷川にこう聞かれた時もうまく答えられなかった。
「向井先生はいつから僕のこと、好きでいてくれたんですか?」
 いつから、だろうな。俺が教えて欲しいくらいだ。
 ただ、おまえを好きになって初めて俺は気づいたんだ。
 誰かを愛しいと想う気持ちがどんなものなのか。
 今までの俺は、誰にも恋なんかしてなかったんだということも。

 
 

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*お題配布元;【確かに恋だった】さま/遅過ぎた初恋を語る長文5題/ありがとうございます♪適宜抜き書きで5話の予定です。
 


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Date:2014/07/30
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2014/07/30 【-】  # 

* Re: koさまv

(*^_^*)マーク&チェックありがとうございます♪
そうですね~、そっちのが自然だ~。直しましたv

さてさて。
向井先生の語りだと、確かに雰囲気が違いますね(笑)
今まで生きてくるのは結構大変だったと思います。
本人はそう自覚してなかったでしょうけど、でも、なんていうんですかね、うまく立ち回ったりとかができないタイプ?
損することも多かったんじゃないかなー。

長谷川先生はその点、人当たりがいい分、うまく世間を渡っていけそうだし、実際そうだったと思います。
が、長谷川先生はそういう「要領のいい自分」を多分自覚していて、そんな自分のこと好きじゃなさそうなので、孤独だったのは長谷川先生の方かも。
この二人も、言ってみれば、割れ鍋に綴じ蓋なんですね♪

明日の向井先生のモノローグは、センチメンタル風味がちょっぴり入ってきます(多分)。
また見に来てやってくくださいませ(^^)
2014/07/30 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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