ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

馬鹿がする馬鹿な恋(3)

 ――この歳になって初恋なんて、本当に馬鹿げている。わかっている。

* * *

 結局、事態は思わぬ方向に急展開した。
 ロッカー室で、喧嘩でも売るような口調で――しかも俺に気がないこと前提で告白されて、我を忘れてキスをした。
 嬉しいというより腹立たしかった。何を一人で被害者みたいな顔をしてるんだ、と心底腹が立って、随分手荒なキスになった。だがどうしようもなかった。俺の気も知らないで、と思った。何が、悪い夢でも見たと思って忘れてください、だ。

 忘れるわけないだろう。

「向井先生はいつから僕のこと、好きでいてくれたんですか?」
 そして長谷川は、俺にこう訊く。いつものホテルのいつもの地下ラウンジ、いつもの隅の席で、いつもの水割りを舐めながら。

 長谷川の一人称は、基本「僕」だ。後輩だという意識もあるんだろうし、元来礼儀を重んじる性格なんだろうとも思う。
 だが、それが時に「俺」になる。そういう時は、こいつが自分を抑えられなくなっていると判断して間違いない。その理由はさまざまだが、その時の長谷川が俺はとても好きだ。
 何故かというと、そういう時は大抵、俺がらみだから。
 
 それでいくと、今の発言で使われているのは「僕」だ。ということは、こいつもまだ理性を残しているということで、それが何となく気に入らなかった。
「僕が告白した時にはもう、好きでいてくれたんですか?」
 低い囁き声で問いを重ねてくる長谷川を、俺はじっと見つめ返す。まだまだ足りないな、という思いを込めて、こう訊き返してやる。
「どうした、急に?」

 すると案の定、長谷川はぎゅっと口を引き結んだ。他の奴には判らないだろうと思う。でも俺には判る。これは、こいつが拗ねた時の表情だ。
「急にじゃないです。ずっと考えてました」
 ふうん、と俺は口には出さずに、表情だけでそう伝える。余裕綽々と言わんばかりのこの態度は、まあ、体質みたいなものだ。余裕がない時ほど、何故かこんなふうになってしまう。
 過去の恋愛では、これが吉と出たことはない。大抵「ほんとに優しくない」とか「いかにも上からっていうその態度が気に入らないのよ」とか言われて破局に至ってきた。
 だが長谷川はいつも、ここで背を向けようとはしない。
 むしろ食らいついてくる。こんなふうに。

「ロッカー室で告白したあの時、俺はフラれるつもりだったんです。先生は俺の手に入る人じゃないとずっと思ってたから」
 なのに当然みたいに受け入れられて混乱したのだと長谷川は言った。今もその混乱を、気持ちのどこかで引きずっているのだと。
「だからちゃんと訊きたいんです。いつから俺のこと、好きでいてくれたんですか?」
 俺、という一人称が耳に甘くとろける。五感の性能が上がって、酒が一段と旨くなる。
 こんなふうに振り回して釘付けにして縛り付けている限り、こいつは俺のものでいてくれるんだろうか。そんな子供じみた誘惑が胸を噛む。
 そうして、こう伝えるのをまた思いとどまらせようとする。
 おまえは俺の初恋の相手なんだよ、という、馬鹿げたこの一言を。

「俺は、先生のことを知るほどに凄い人だなと思って、でも困ったところもある人だなって・・・最初は尊敬と、微笑ましいような気持ちとが半々だったんです。なのにいつの間にかそれだけじゃ済まなくなって・・・でも先生はずっと、俺がロッカー室で告白した瞬間までずっと、涼しい顔してたでしょう。この人は俺になんか興味ないんだと思ってて・・・告白してる最中もずっとそう思っていて、なのに、」
「・・・涼しい顔なんかしてなかったけどな」
 これ以上言わせておくとこいつはまた悪酔いする、という見極めもあったが、たまりかねたというのも確かにあった。俺の気も知らないで、とまた思う。
 本当にこいつは、・・・俺がずっとどんな気持ちでいたかも知らないで。

「いつからかなんて判んねえよ。ただ、俺もずっとおまえが好きだった。告白される前からずっとおまえのこと見てて、おまえに触れたいと思ってきた」
 長谷川を睨みつけるようにして見つめたまま、だけどさすがに声量は絞って一気に言う。これから言おうとしていることを考えると、ますます怒ったような顔になってしまうのを止められない。本当に馬鹿げている、とつくづく思う。
 これは馬鹿がする馬鹿な恋だ。
 わかってる。けど、
 止められないんだ。どうしても。
「でもそんなの叶えられる筈がないと知ってたから、おまえといられればそれだけでいいと思おうとしてきた。言っとくけど、そんなふうに思った相手はおまえが初めてだ。・・・ついでにいうと、これで多分最後だ」
 
 こんなの何度もできるもんじゃない、と付け加えた口調は、まるで愚痴ってでもいるかのようだった。咄嗟に苦笑してしまう。ざまあないな。
 そう思ったんだが、

「・・・偶然ですね。俺もそうです」
 長谷川はこう言って、とろけるような微笑を見せた。
「こんなふうに好きになった人は、先生が最初で、きっと最後です」
 その瞬間に俺は、今夜はここに部屋を取ることを決意していた。
 本当にこれは、・・・馬鹿の恋だ。
 
 

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*お題配布元;【確かに恋だった】さま/遅過ぎた初恋を語る長文5題/ありがとうございます♪適宜抜き書きで5話の予定です。
 


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Date:2014/08/01
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2014/08/01 【-】  # 

* Re: koさまv

(*^_^*)マークありがとうございます♪

言っちゃいました、向井先生(笑)
あ~でもホントだ。お互いに片想いしていた時期があったのは二人とも一緒ですけど、内容が違いますね(^o^)
向井先生は即物的な方向に。長谷川先生は、もう乙女!乙女!(=^・ω・^=)
可愛いな~長谷川先生。今回のコメントをいただいて、改めて可愛い奴だと思いました♪

で、明日は♥です。すみません・・・
2014/08/01 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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