ただ好きだという、この気持ち。

□ 読み切り □

スローバラード(4)

 化学療法と、それが引き起こす副作用。その谷間に、飛鳥は進藤と向かい合った。
 肩が凝るから、と言って義肢は装着したがらなかったので、進藤のパジャマの右袖はいつもひらひらと風に揺れていた。
 その空っぽの袖を、飛鳥はいつも見て見ぬ振りをした。
 そして多分、進藤も。

「あれ? 意外と普通」
 飛鳥が用意したA4版のノートを見て、進藤は可笑しそうに笑ってそう言った。
 薄いブルーで五ミリの方眼が印刷されている、いわゆる学習帳。どこにでも売っている、ごく一般的なものだ。
「なぞるタイプの練習帳みたいなのが来るのかと思ってた。小学一年生が使ってるような」

「いえ、そういうのじゃない方がいいんです」
 つい生真面目な口調になってしまうのが、飛鳥には不本意だった。肩に力が入ってしまうのも。
 俺が緊張してどうすんだ、と自分に言い聞かせていると、進藤が先を促した。やわらかな声で。
「どうして?」
「あ、えと……いきなり文字から練習するんじゃないので」

 まずは、ペンをしっかりと持てるように。
 次は大きな丸や三角、四角が、右回りと左回りの両方で書けるように。
 直線は真っ直ぐに、曲線はなだらかに。
 綺麗に書けるようになったら、今度は小さく書けるように。
 ひらがな、カタカナはその次に。縦書きと横書き、両方の練習を。最初は大きく、次第に小さく。
 それから漢字や数字。簡単なものから、少しずつ。

「まずは目線で一文字を書いてみて、それをなぞるようにすると楽です」
「うん」
 無心にペンを握る進藤は、絶えず微笑んでいた。
 難しいなあとか、うまくいかねえなあ、などと言う時も、語尾は笑っていた。
 うまく書けた時は得意満面になり、飛鳥も嬉しくて随分はしゃいだ。
「もともと俺、左手も日常的に使ってたわけだし。ピアノとこういう動作とは、ちょっと違うかもしれないけど」
 日常動作も少しずつ、しかし着実にマスターしていった。箸使いや着替え、洗面など、今まで看護師の介助が必要だったことが自分一人でできるようになるのは嬉しいと、進藤は素直に口にした。
「俺の左手、結構やるじゃん、って感じ」

 そう言って笑う進藤は屈託なくて、自分とはわずかしか年齢が違わないのだということを再認識させられた。それは飛鳥にとって、ひどくドキドキすることだった。
 飛鳥さん、と呼びかけられることも。
 



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Date:2015/12/03
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