ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

白衣シンドローム(1)

 八月のカレンダーを破り捨てて間もない頃。
 長谷川の携帯に着信があった。表示された発信元は「家」。実家の母親からだった。

 医学部入学の時から生家を出て、医師となった現在では盆正月にも帰れないのがデフォルトとなっている現在、家からの電話というのは正直身構える。
 特に、長谷川の母親はサバけた性格で、どうしているのかとかたまには帰って来いとかちゃんと食べているかとか、そういう繰り言をわざわざ電話してきてまで言ったことがないから尚更だ。

 だから、着信を見た瞬間は、咄嗟に最悪の事態を予想した。たとえば、父親が倒れたとか。
 だがそれなら、すぐには連絡がつかないと判っている携帯じゃなく病院の方にかけてくるだろうし、俺に電話してる暇があったら救急車を呼ぶくらいの常識はあるだろう。
 そう考え直して取りあえず棚上げして、というより実際に検査だの処置だの回診だのカンファだのに忙殺されていて、ようやく折り返せたのはとっぷりと日が暮れてからになった。
 まあその日のうちにコールバックしたんだから、褒められはしなくても責められることもないと長谷川は思う。緊急の用件じゃないとすれば、だが。
 果たして、母親の用件には、さしたる緊急性はなかった。が、

「へえ、おまえの従姉妹ね・・・主訴は胸のつかえ感か。食欲は?」
 生中のジョッキを一気に半分減らしてから、向井はこう訊いてくる。その口調も、長谷川へと向けられた視線も存外に真剣だった。だから長谷川も真面目な表情を保って答える。
「あまりないそうです。本人とも電話で話してみたんですけど、」

 今夜はいつものラウンジではなく、以前にも行った居酒屋にした。
 九月に入っても暑さがゆるむ気配は微塵もなく、仕事帰りのビールを求めるサラリーマンたちで店内は今夜も賑わっている。
 向井もまたその一員だった筈だが――何しろ帰り際の最初の一言が「ビール」だったのだ――、長谷川がつい口にした話題が、彼に仕事モードを取り戻させてしまったらしい。
 申し訳なかったな、と思いつつも、長谷川も無意識に医局内のような口調になってしまう。
「唾を飲み込む時に違和感があって、喉の奥がふさがったような感覚もあると言うので、ちょっと気になって」
「うん。念のために胃カメラ、してみた方がいいな」

 検査予約は入れたか、と訊かれて、長谷川は頷いた。と同時に店員の賑やかな声がして、揚げ出し豆腐の皿がテーブルに置かれる。
「消内の近衛先生がまだいらしたので、直接お願いしておきました。三日後に受診でオッケーです。一通りの検血オーダーと、あと胃カメラの予約も入れてもらえたので、僕も時間が合えば立ち会おうかと」
「そうだな。後で画像や所見は見せてもらえるにしろ、できれば直接診ておいた方がいいな。コールしてもらうよう、俺からも近衛先生に頼んどく」
 真面目な表情のまま向井が頷いて、長谷川は軽く頭を下げて謝意を表した。それから口調を明るくして、向井を促す。
「ほら、先生の好きな揚げ出し、来てますよ。ビールもお代わりしますか?」
 
 
 

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Date:2014/08/04
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2014/08/04 【-】  # 

* Re: koさまv

(*^_^*)マークありがとうございます♪

はい、やっと出てきました、近衛先生! まだ名前だけですけど!(笑)
近衛先生の本格始動は今週末くらいからかな。というか、この(1)も結局2分割したので(でも充分長かったですか・笑)、近衛先生の出番はじりじりと先送りされてしまいました。申し訳ない。

でもねー、今回のシリーズでは、長谷川先生が可哀想なことになります。
向井先生は多分、ヒンシュクを買います。
そしてその分、近衛先生にいい役が回ってきます。
そんなような話です。とうぞ心の準備をお願いします。

というか、向井先生はもっと大人だと思ってたけど、案外そうじゃなかったというか(笑)
まあ、今までラブラブできてますので、ここらで波乱の一幕もいいかと。
あ、明日はまだ平穏ですので、安心してお越し下さい♪

2014/08/04 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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