ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

白衣シンドローム(8)

 ・・・勘弁してくれ。
 咄嗟に絶句してしまいながらも、長谷川はつくづくそう思わずにいられない。近衛は近衛で――何も知らないんだから無理もないといえば無理もないが――、そうなんだ? と言いたげな視線を寄越すし、長谷川は闇雲に叫び出したい衝動を必死で抑えなければならなかった。
 俺には好きな人がいる、と。

 ・・・この場でそう言っておけばよかったのかもしれないと、後で何度も後悔した。
 でも、自動的にブレーキがかかった。そんなことを言えば、優莉は追及してくるに決まっているが、そもそも先輩医師の診察室で延々とするような話じゃない。
 検査結果も診断名も出て本人も納得、投薬は不要。つまり診察は終わりだ。早くここから出て次の患者に明け渡さないと、というモラルが先に立った。違う意味で自分が焦っているという事実からは目を背け、長谷川は優莉を急き立てて椅子から立たせると、近衛に丁重に礼を言ってロビーへと逃れ出た。
「大したことなくて良かった。一人で帰れるよな? 伯母さんには俺からも電話しておくから。じゃ、気をつけて」
 そうまくし立て、優莉に背を向けて早足で歩き出す。呼び止められても聞こえなかったふりをした。鎮静がまだ微妙に残っていたのか、優莉は追いかけては来ず、長谷川は胸を撫で下ろした。

 が。
 当然、それだけで済む筈はなかった。
「・・・聞いたぞ、優莉ちゃんのこと」
 その夜の医局で向井と顔を合わせるなりこう言われて、長谷川は再び絶句した。
 聞いたって診断名のことですか? と、辛うじての小声で問い返すと、向井は表情の読めない顔をして、しかも視線をあさっての方向へと向けてしまう。
「それは一緒に聞いただろ。・・・その後のことだよ。熱烈告白、されたんだってな?」

 ・・・近衛先生はいい人だけど、こういうことを軽々と口にするのはどうかと思う。
 つい恨み節が入った長谷川だったが、向井の一言でたちまち後悔する羽目になった。
「言っとくが、情報を漏出したのは近衛先生じゃないぞ。診察室についてたナースだ」
「・・・そうでしたか」
 近衛先生、済みません。心の中で深々と頭を下げた長谷川だったが、次の瞬間には近衛のコの字すら頭から吹き飛んだ。
 何となれば、向井がこう言ったので。
 静かなすぎるほどに静かな、その分不穏な声音で。
「優莉ちゃん、可愛い子だったよな。従姉妹なら確かに、恋愛も結婚もできる。何より女の子だ。誰からも納得されて祝福される、そういう恋愛が、まだできるんだな。・・・おまえは」
「な・・・、」

 何を言ってるんですか、と言った長谷川の声は、自分の耳にも頼りなく掠れていた。僕が好きなのは先生だけです、と言えるものなら言いたかった。だがそう言う前に、向井は背を向けて、医局で出て行ってしまった。
 長谷川にはもう、一瞥もくれずに。
 


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Date:2014/08/11
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2014/08/11 【-】  # 

* Re: koさまv

あ、良かった、(*^_^*)マークだ(安堵)
ありがとうございます♪

誤字もやらかしてましたね~。こちらもありがとうございましたm(_ _)m
向井先生は、向井先生は・・・
拗ねてるだけならいいんですが、実は・・・!

取りあえず明日からはしばらく、長谷川先生がひたすら可哀想なことになります・・・
長谷川先生はただでさえ、向井先生のことになるとナーバスなのに。くすん。
どうか応援してやってください(T△T)
2014/08/11 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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