ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

白衣シンドローム(10)

 言い終わる前から頬に血がのぼって、目の前がグラグラした。
 そのまま長谷川が下を向いたのは、不覚に目頭がジンと熱くなったからだ。最悪だ俺、と、深呼吸しながら苦い思いを噛みしめる。本当に、最悪だ。

 向井に誤解されているのかどうか、正確にはそれさえも判らない。向井が、長谷川と二人きりになるのを明らかに避けているからだ。だから、突っ込んだ話もできない。弁明さえもできていない。診療現場でこそ今まで通りの態度を保ってくれているが、それさえも今の長谷川にはつらい。

 長谷川が視線を向けて、向井が視線を返す。そこに、今までなら乗せられていた微笑。
 もちろんそれはごく軽くて、傍目には止まらない程度のものではあった。けれど、なくなってみて初めてそのぬくもりを思い知らされた。それにどんなに支えられてきたかも。
「え、ちょっと待ってくれ。・・・ええと、場所変えた方がいいよな? なんか腹に入れながら話、しようか」
 さすがに近衛も慌てたらしく、こんな言葉を口にしながら周囲を見回したりしている。
 それでようやく長谷川も正気を取り戻した。が、近衛の誘いを断る気力までは残っておらず、先導されるがままに病院の近くの鉄板焼き屋に落ち着いた。

 ここは向井と寄り道する時には、いつも素通りしていた。病院から近すぎて、こんなふうにフラッと職員が立ち寄る危険があるから。
 でも近衛となら入れる。疚しいことがないから。誰の目を気にする必要もないから。
 そんな認識が、何だかやたらと悲しかった。
 
「えーっと、取りあえず生、でいいかな。じゃ生ふたつね。それと・・・」
 もともと小作りのその店は、仕事帰りのサラリーマンたちで混み合っていた。
 カウンターの真ん中辺りに座っていた人がひとつ詰めてくれて、それでようやく一番隅の椅子が二つ空いた。近衛と二人、会釈を送りながらそこに座る。するとすぐに、ハイらっしゃい、という元気のいい声と共におしぼりと水のグラスが置かれた。
 ビニールコーティングされた薄いメニューもあるにはあったが、近衛の目は壁に掛けられた黒板に向いた。
「長谷川先生、何か苦手なものある?」
 そう聞かれ、長谷川は首を振る。
「いえ。好き嫌いはありませんから」

 そう言うと、苦い味が胸に広がった。じゃあ適当に頼むね、という近衛の声に頷きながら、長谷川はその苦みが全身に広がっていくのに任せた。
 どんなことも、どんな些細なことも、あのひとと一緒の時とは違う。何もかもが、あのひととの記憶へつながっていく。
 どうしようもない。それが今や痛みしか引き起こさないと判っていても。
 想うのをやめられない。どうしても。
「それで、長谷川先生が本当に好きな人って、」
 


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Date:2014/08/13
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2014/08/13 【-】  # 

* Re: koさまv

ややっ、今日は(*^_^*) だけでなく!(^^)!マークまで!
そして、向井先生を気遣うお言葉、ありがとうございます~♪
ほろりときてしまいました(´;ω;`)

そうなんですよね、向井先生、他人に弱みを見せるのが苦手だから・・・。
長谷川先生はあれでも、司先生の前で真情を吐露できるし、相談もできるんですけど。
向井先生は今頃一人で・・・とか言いつつも、まだしばらくは放置です(^o^)
早く続きを書いてあげたいところですね。明日から頑張ります!

好き嫌いネタ、ここでこんなふうに使えるとは(☆。☆) キラーン!!
あなご飯は、うんうん、きっとホントに好物になったんじゃないでしょうか。
向井先生が一回ぐらいご馳走してくれてそうだし。
もっとも、向井先生との記憶があるから、好物に昇進したんでしょうけども。
うーん、切ないですね~(ホロリ・・・)
2014/08/13 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

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