ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

はつ恋(2)

 だから思った。振られてしまおうと。
 簡単なことだ。この気持ちを全部、あの人に吐露すればいい。それだけできっと、何かもかも終わる。あの人からは距離を置かれるだろうけど、臨床の場ではあの人もそんな私情を挟まないだろうし、だったらもうそれだけでいい。

 そもそも、この病院の機能上、何年もここに居られるわけじゃない。医局人事でいつどこに派遣されるか判らない。俺も、そしてあの人も。
 それに、と長谷川は自分に言い聞かせる。あの人から教わったこと――診断の組み立て方や除外すべき病態とそのための検査の選択、カンの働かせどころ、それを裏付けるのは知識と理論であるということ。それら全ては、俺の中で生きている。あの人から視線をもらえなくなっても、・・・玉ねぎを引き受けることがもうなくなっても、あの人からもらったものは俺の中で生き続け、俺をずっと支えてくれる。医師という仕事を続ける限り。
 それで充分だろう。自分の理性に、長谷川は言い聞かせる。バカなことをするってこともよく判ってるから、もうウダウダ言うのはやめてくれ。
 ・・・しかし。
 
 いざ告白しようとしてみると、機会がない。
 病院で、というのは避けたかった。壁に耳あり、というのもさることながら、職場は長谷川にとって神聖な場だったから、妙なイメージを付随させたくなかった。それに、向井とタッグを組むことだけで満足していた過去の日々も大事にしたかった。・・・向井への自分のこの想いも。じき壊れると判っているからこそ。
 となると、院外でということになるが・・・誘えない。
 こういう下心――というのには抵抗があるが――を抱いていなかったら簡単に言えただろう言葉、近々飲みに行きませんかという簡単な一言が、どうしても口から出ない。メールという手も考えたが、後に残る方法は嫌だった。自分からのメールを、後で向井が削除している姿など想像してしまうと尚更。
 
 結果、向井から怪訝そうに見返されること数度。果ては、俺の顔に何かついてるかとか、何か言いたいことでもあるのかとか、直接尋ねられる羽目に陥って、長谷川はその都度視線を逸らして誤魔化さなければならなかった。

 参ったな。
 夜のロッカー室で白衣を脱ぎながら、長谷川は嘆息する。今日も言えなかった、という忸怩たる思いにかられつつ、白衣からネームプレートその他を外してざっと畳む。
 この病院では、白衣のクリーニングはリネン室がやってくれる。もちろん自分でクリーニングに出してもいいが、大抵の医師はロッカー室の入り口に置かれたハンガーラックの下に設置された籠に、洗って欲しい白衣を放り込んでおく。
 白衣のタグにはロッカーの番号があらかじめ記入されていて、クリーニングの終わった白衣は順次、ハンガーラックに掛けられる。それを各自、ロッカー番号を参照して引き取り、また着る、というシステムだ。
 
 その籠に自分の白衣を入れてから。
 ふと思いついて、長谷川はハンガーラックに並ぶ白衣を繰ってみた。白衣は病院貸与で、デザインについては各医師の選択に任されているが、実際の選択肢はさほど無い。現に掛けられている白衣も、シングルコート型とケーシーが半々といったところだ。
 向井はいつもコート型で――自分もだが――、ロッカー番号は38。
 っていうか俺、と長谷川は苦笑を唇に刻む。あの人のロッカー番号、しっかりチェックしてるんだよな。こういうの、自分でもどうかと思う。
 そう自嘲しつつも、指の動きは止まらない。襟の内側に縫い付けられたタグに油性ペンで書き込まれた番号へと落とされていた長谷川の瞳が、不意に大きく見開かれた。同時に指も動きを止める。

 38。
 クリーニング済みの向井の白衣が、そこにあった。

 気づいたら、それを引き出して眺めていた。
 前のボタンを留めないから、いつも裾が翻っているイメージがある向井の白衣。
 今は静かに、長谷川の手元で垂れ下がっている。
 いっそこの胸ポケットにメモを入れるとか、でなくてもロッカーにメモを折って貼るとか・・・白衣を見つめながら考えて、いやいやと首を振る。気持ち悪いってそれ。
 ――と、

「お? っと、誰かと思ったら長谷川か。お疲れ」
 今一番会いたくなかった人物が無造作にロッカー室に入ってきて、長谷川は慌てて白衣をハンガーラックに戻した。つもりが、手元が狂って、床に落とした。
 済みません、と言いながら腰をかがめたが、向井が拾い上げる方がわずかに早かった。襟元のタグを確認して、あれ、という顔をする。
 だなんて、本当は見てなんかいられなかった。目を逸らした長谷川の耳に、呑気なほどの向井の声が響いてくる。
「何だ、俺のか。おまえのも掛かってる頃か?」
 自分の白衣を探していると勘違いしてくれたらしい。全くあなたという人は。瞬間的に長谷川は頭に血が上るのを自覚した。あなたって人はどこまで、
「向井先生の白衣を見てました」
 必要以上に挑戦的な口調になったと自分で判った。
 それでももう止められなかった。



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Date:2014/06/21
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