ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

白衣シンドローム(16) 

 次の日は、週に二日ある教授回診日に当たっていた。
 回診は大体午後三時からで、その前に教授から研修医までの医師チーム一同がスタッフステーションに集まり、カンファレンスを行う。
 入院患者の病状はその都度、医師・看護師ともに電子カルテに記載をしているが、それをざっと振り返りつつ著変があればこの時に報告する。そうして全員の情報を最新にした上で、患者本人を訪れて教授が診察し、その他の医師は周囲に群がってその様子を脳内のメモに書き留める。
 
 これは言うまでもなく、一瞬も無駄にできない貴重な時間だ。
 将来こうありたいと願う医師の姿が、現在の教授とイコールかと問われれば、長谷川としては即答を避けたいところだが――別に教授を尊敬していないというわけではなく、目標とする医師は別にいるので――、上級医の診察に触れる機会は貴重だ。そこから得るものはたくさんある。
 それは長谷川に限ったことではなく、同行する医師たちは大なり小なり皆そうだ。
 半ば本能のようなものだ。その問診の仕方や目の付けどころ、患者の反応に至るまで、些細なことも見逃すまいと神経を研ぎ澄ませる。

 今はチーム医療という単語がお役所先導のもと横行しているし、各専門分野の技術者たちが連携して治療に当たるのがベストだと長谷川も考えてはいる。
 しかしそれでも、患者の病態に対しての最終的な責任は、医師にある。
 担わされているものは膨大だ。たとえば検査値や病態など目に見えるものから、患者やその家族の精神的な問題に至るまで。上をみればきりがない。
 とはいえ、だからといって背負いすぎて自分が潰れてしまっては、元も子もない。
 治癒、とカルテに書き込める患者ばかりなら、その都度リセットも可能だろう。しかし、再発と寛解を繰り返す疾病や、他医の手に負えず回されてきた患者など、この病院が受け入れなければならないものは幅広い。

 だからこそ、どこで線を引くかという見極めが要求されると長谷川は思う。それは患者を放り出すという意味ではなく、冷静さを保つという意味で必須のものだ。
 たとえば、他科の医師にコンサルテーションするタイミング。適切な時に適切な判断をするということ。
 長谷川が今勤務している病院は機能的にコンサルしやすいが、もしも将来、標榜科が限られた中小病院に異動になった時どうするか。自分ではもう無理なのに患者を延々と抱え込んで、結果として悪化させるという事態を招かずにいられるか。
 その患者に必要なものが何なのか、きっちり見て取って適切に行動する。結局はそれが医師の仕事だと、長谷川は向井を見ていて実感するようになった。

 だが実際は、そうした精神論というか理想ばかりを語ってはいられない。教授回診は同時に、抜け駆けの場でもあるし鍔迫り合いの場でもある。
 教授が尋ねる検査値を誰より先に答えられるか。アルコール綿を要求されたら、個包装されたそれを真っ先に開封した状態で差し出せるか。テーブルの下の足の踏み合いにも似た、些細ではあるが深刻な競争が病床単位で繰り返されるのだ。

 配置のようなものも自然に決まる。教授に近い位置は、やはり年功序列で先輩医師から順に占められるので、長谷川はヘタをすると人垣の後ろから研修医たちに混ざって背伸びしつつ、患者と教授のやりとりを眺めるという事態に陥る。
 でも、向井が引き上げてくれる形で、比較的教授の近くで回診の様子を見ていられるのが常だった。・・・今までは。

 今日はどうだろう、と思うと、長谷川は胃がキュッと縮むのを感じる。現に、カンファに備えて病棟のスタッフステーションに入った時、向井は既に来ていたが、ちらりと長谷川を見やっただけで、スッと視線を逸らしてしまった。
 今日もいつもみたいに、当然のような顔をして向井先生の隣に着いていていいんだろうか。
 そんな弱気な思考が頭をかすめたが、長谷川は敢えて足を踏み出した。決めたじゃないか、と自分を叱咤する。もう一度最初の処からやり直す、って。
 だが。
 お疲れ様です、と努めて平静な口調で挨拶した長谷川を、向井は表情の読めない顔を向けてきた。そして一言、こう言った。
「昨夜、近衛先生と何話してた?」
 


→ BACK
→ NEXT




*拍手クリックで御礼SSに飛びます。
ぽちっと楽しんでいってくださいませ♪

*このお話が気に入ってくださった方はこちらも是非ぽちっと♪
ありがとうございます、大変励みになってます!

*    *    *

Information

Date:2014/08/19
Trackback:0
Comment:2

Comment

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/08/19 【-】  # 

* Re: koさまv

(*^_^*)マークありがとうございます♪

来ましたー!
ほんとは向井先生、もっとズバッと、「近衛先生とはどういう関係なんだ」とか訊きたかったんじゃないですかね(^o^)
でも一応人前だから我慢して、ああいう訊き方になった、と。
それにしても、司先生とのツーショットにはさすがに勘弁ならなかったってところでしょうか。
今まではムスーッとして一人で耐えてたんでしょうけどね~。にやにや。

固まってる長谷川先生には気の毒ですが、ようやく向井先生が動き出してくれて、作者としてはやれやれです。
ここから長谷川か先生はもう、もみくちゃです。
いっそ、そうそう、そんなふうに切り返せたら良かったのにね!
明日からも引き続き、応援してやって下さい~!

2014/08/19 【なか】 URL #hc9S4FeM [編集] 

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://kisschoko.blog.fc2.com/tb.php/70-6a59c56b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)