ただ好きだという、この気持ち。

□ 今だけ在ればいい。 □

はつ恋(3)

「え?」
 自分の白衣をぶら下げたまま、向井は呆気にとられたような顔で長谷川を見返してきた。
 そんな表情すらも、今の長谷川には腹立たしい。メガネの向こうの瞳を睨みつけ、言葉を叩きつける。
「それくらい、いいでしょう? 誓って言いますけど、袖を通してみたり撫でてみたり、そんな変態じみたことはしていません。そもそも、あなたにも俺を好きになって欲しいなんて望んでませんし。白衣を手にとって眺めるくらい許してくれたって、」
「おい長谷川、何言ってんだ?」
「・・・好きなんですよ! 俺はあなたが!」
 うわあ、言っちまった。しかも、避けたいと思っていた院内で、こんな喧嘩を売るような口調で。
 そんな悔恨が胸を刺したが、もう引っ込みがつかない。睨みつけているつもりの目元に朱の色が差してきているのを自覚して、長谷川は余計に眼差しに力をこめる。次第に状況を理解したらしい向井の表情が変化していくのを目の当たりにしてるのが辛くて、彼の頭に浮かんでいるであろう言葉を先回りして口にする。
 向井の声で聞くより、自分で言った方がましだと思った。
 判ってる。あなたが考えてることくらい・・・判っているから。

「俺だって男なんか好きになったの、初めてですよ。混乱してるんですよ。どうすりゃいいのか判らないですよ! でもあなたを悩ませるつもりはありませんから。今の俺の発言は、悪い夢でも見たと思って忘れてください。ただ、夢の中で俺があんなこと言ってたなってことだけ覚えててくれたら、」
「・・・どっちだよ」
 不意に向井がぼそりと呟いた。ガチャンと音を立てて白衣をハンガーラックに戻し、改めて長谷川を見やる。
「・・・え」
「忘れるのか覚えてていいのか、どっちなんだよ」
「あ・・・っと、」
 咄嗟に言葉に詰まった長谷川をもう一度じろりと一瞥してから、向井は無造作な足取りでドアの前まで戻った。その手元でガチャリと音がする。・・・鍵?
 そして。

 再び大きな歩幅で、向井は長谷川の前へと戻ってきた。かと思うとやおら右腕を伸ばして長谷川の肩を掴み、立ち並ぶロッカーへと押しつける。
 ガシャン、と耳障りな音が響いたが、別に痛くはなかった。むしろその後、肩から外した手で顎をわしづかみにされて顔を上げさせられた時の方が痛かった。が。
「んっ・・・ん!?」
 向井の顔がいきなり傾いたかと思うと、その唇が長谷川のそれに押し当てられた。
 咄嗟に目を瞑ることもできず、長谷川はただ混乱して、向井の唇を受け止めた。向井はというとメガネの向こうで目を閉じ、左手で長谷川の耳朶から後頭部にかけて、髪を指先で掻き分けるようにしながら包み込んでくる。そしてその間にも絶え間なく繰り返される、食むようなキス。上唇、両の口角、下唇、もう一度上唇。
「ちょ・・・向、」
「黙ってろ」
 角度を変えられる隙に小声で抗議――かどうか自分でも定かではなかったが――してはみたが、殆ど囁きくらいの声を返されただけだった。いつしか長谷川は、自分も腕を回して向井の白衣を掴んでいた。
 舌先で相手の唇を追ったのはどっちが先だっただろうか。気づいたら深く絡めてむさぼり合っていて、唇と手とが離れた時には軽く息が切れていた。

「ど・・・うして、」
 無意識に唇を拳で抑えながら、呆然として呟いた長谷川に、向井は軽く口角を上げてみせる。それから、いきなり両腕を上げたかと思うと、長谷川の顔の両端についた。ガシャン、とまた、ロッカーが金属質な音を立てて鳴る。
「おまえが一人だけ被害者みたいな顔してるからだよ。ったく、俺の気も知らないで・・・それともキスだけじゃ足りなかったか?」
「・・・・・・」

 は、と肩で息をついた長谷川に、向井はもう一度ニヤリと笑ってみせる。それから長谷川の顔の横についていた手を、左からゆっくりと外す。右手はそれだけじゃ済まず、長谷川の頬をぺちぺちと軽く二度叩いてから、スッと撫でていった。
「・・・あの。ひとつ、言っていいですか」
 ロッカーに背を預けて立っているのがやっとの長谷川に対して、向井は憎らしいほど余裕綽々だ。まるで、こうなることなんかずっと前から想定していたと言わんばかりの態度で、再びドアへと歩み寄るとノブへと手を伸ばす。
 向井の指が鍵を開ける寸前、長谷川はやっとのことで言葉を絞り出した。案の定、その声は虚勢を張っているのが明らかで、瞬間的に自己嫌悪にかられる。しかもその内容ときたらこんな、

「キスする時はメガネを外してください。常識でしょう」
 しかし向井は特に気にした様子もない。肩越しに長谷川を振り返ると、ふ、と短い笑みを送ってくる。
「悪かったな。次からは気をつけるよ」
 カチャリ、と向井の手元で軽い音がして、鍵が開けられた。


-end.-



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Date:2014/06/22
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